「これって本当に過去生なの?」〜イメージの本当の意味〜



実際に過去生回帰のセッションを受けられた方の多くが、「あれは本当に過去生の記憶なのですか?自分で作っているだけのような気がして仕方ないんですけど・・・単なる想像じゃないんでしょうか?」とおっしゃいます。

「江戸時代の過去生だったらいいな」「自分はフランスが好きだから、もしフランス人だったらうれしいかも」「今のパートナーと過去生でも同じような関係にあったのならいいのに」等、今現在の自分の願望が反映されてしまったもの、「そうであってほしい」という強い願いのあまり作り上げてしまった、いわゆる『夢=単なる想像、作り話』なのではないか・・・多くの方がそう思うようです。
特に「こうあってほしい」という願望部分が、そのまま過去生のイメージに表れた方の場合、余計にそう思ってしまうようです。

でもそれは当然です。過去生が100%存在するという科学的証拠もないし、何よりも自分が受け取った様々なイメージ(映像・感覚・感情・聴いたもの等)が本当に過去生のものなのかどうか、完全に証明・断言してくれるものはないのですから。疑問を抱いても不思議ではありません。

ただこれだけは覚えておいてください。イメージとは、『想像すること・思い描くこと』だけではありません。イメージとは『記憶』です。元になるもの=『記憶』があるから、想像できるのです。何もないところから想像は生まれません。

例えばアフリカの奥地で文明から離れた生活をしている原住民達に、『電話』というものを言葉で説明した後、それを絵に描いてもらうとします。
「私達の国には『電話』というものがあってね。大体大きさはこれくらい、形は四角っぽくて、いろいろな色で塗られている。それを使うと何千キロも離れた場所にいる人と、姿は見えないけど話すことができるんだよ」

原住民達はどんな『電話』を描くでしょうか。「これが電話?!」多分私達の予想や想像を超えた絵が出来上がると思います。
実際の電話とは似ても似つかぬものかもしれません。でもそれは当然のことです。なぜなら彼らは電話を見たことがないからです。電話というものの『記憶』が、彼らの中にまったくないからです。元になる『記憶』がないから、それを思い浮かべることさえできないのです。

潜在意識から受け取る過去生のイメージも、まったくそれと同様だと思ってください。あなたの中に過去生の記憶があるから、それは表れてくるのです。この世に単なる偶然はありません。イメージも同じです。単なる想像というものは存在しません。

もしあなたが「江戸時代の過去生がいいな」と思ったとします。どうしてその時点であなたは『江戸時代』を思い浮かべたのでしょう?世界の歴史からみても、『時代』はいくらでもあります。明治でも大正でも、ビクトリア朝時代でも、それこそ何でもいいはずです。

潜在意識から送られてくる過去生の情報(記憶)は、もうそこから始まっていると思ってください。あなたの中にその記憶があるからこそ、特定の時代・国・物に拘るのです。すでにその時点で、過去生の記憶の断片、『サイン』を潜在意識から受け取っていると思ってもいいでしょう。

もし受け取った過去生のイメージが、自分の願望通りの設定(時代・国・職業・特定の人との関係等)だとしたら、その過去生に関するあなたの『記憶』が鮮明だったということです。はっきり記憶している部分が、「こうだったらいいな」というような、こだわりや願望という形を取って、強く表れたということです。決して単なる想像や願望ではありません。むしろその部分にこそ意味があると思ってください。

繰り返しますが、『単なる想像』というものは存在しないのです。その証拠にセッションを受けた方達の多くが、そこから大きな『ギフト』を受け取っています。そのギフトは人によって様々です。問題解決の糸口だったり、自分の今生での『使命』や自身の本質に気づいたり・・・本当に人それぞれです。

そしてセッション中、ほとんどの方が涙を流されます。その涙にもいろいろな意味があります。過去生での自分や出来事に対する悲しみ・苦しみ・後悔・絶望に対する涙、今生での大切な人達とその時代も一緒だったということ等に対する幸福・嬉しさ・感動の涙、浄化の涙もあるかもしれません。

もしそれが単なる想像や作り話の域に留まるなら、これだけ多くの方達が涙を流され、激しい感情を味わう理由をどう説明すればいいのでしょうか?

自分の受け取ったものを信頼することは、イコール自分自身を信頼することでもあります。
『自分を信頼する』、結果何が起こるか?その『ギフト』は限りなく豊かで大きなものになります。



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